20代最後の年と生きがいについて

29歳になりました。25歳あたりからあまり年を取ることが気にならなくなったけど20代最後と考えるとやはり思うところはあるというもの。来る三十路を迎えるまえに20代の統括みたいなことを今年のうちにしておきたい。1月生まれということでその年の目標みたいなものは年末年始に掲げたものと基本的に変わらないのだが、もっと長期的な、20代前半くらいからおぼろげながら考えていた20代のうちの目標の1つに生きがいを見つけることというものがあった。これは達成されつつあるように思う。

そもそも生きがいという単語は2年くらい前の記事にも書いた通り、Ikigaiとして欧州でも一部広まっており、よくIkigai Chartとして引用されているのをたまに見かける。別にこの目標を考えていた当時は生きがいがそんな特別な意味を持っていたことは知らなかったのだが、まぁこれから先の人生で好きなことを見つけてもうそれで食っていこう、というものを見つけようとは常々思っていたことである。

ちなみに数日前、Twitterでもバズっていたのを見かけた

要は好きなこと・得意なこと・社会的需要があること・稼げることの重なるところにあるものが生きがい成り得るものということ。よく趣味を仕事にしてしまうと趣味を楽しむことができなくなると言われているけど自分は趣味とここでの生きがいはまったく別物という風に考えている。趣味はあくまで趣味で好きなこと・人によっては得意なことにはあたるので生きがいチャート上では情熱の部分にあたる。趣味に情熱を注ぐというのはよく言われることで自分もそのタイプだからそれはそれで楽しいんだけど情熱に位置することを社会的需要あること、稼げることとに結びつけようとすると無理がでてくるのだと思う。だから趣味(情熱)を仕事にすると趣味を楽しめなくなるのではないか。
自分はゲーマーなので趣味はゲームなんだけどそれを別に稼げること、社会的需要があることに結び付けようとは思わないのでゲームはあくまで趣味という風に捉えて楽しんでいる。Eスポーツが流行っている昨今では社会的需要も稼ぎも伸びてきているのでプロゲーマーとかはゲームを生きがいにできるのだろう。
まぁでも情熱から社会的需要があること・稼げることにするのってそもそも難しいと思うのでもともとその二つを満たしている仕事を好きで得意になる(生きがいチャート上での左上にもっていく)ことが自分のような平凡な人間にとっては楽だと思う。

ちなみに自分にとってもRFエンジニアとしての仕事が、得意なこととはまだ胸を張っては言えないけど少なくともすでに好きなことにはなっているのでこれを生きがいとして30代のうちにこれをどんどん伸ばしていけたらいいな、と思う。あとドイツ語と英語。これらはこちらで生きていくうえでは必須という点で社会的需要があることであり自分にとっては好きなことなんだけど得意なこと方面にももっと伸ばしていきたい。まずは目の前も目標(両方C1)を達成するためにこつこつ勉強していきます。

生きがいの話の方が長くなってしまった。そういえばヨーロッパではよく誕生日を迎える当人が友達を呼んでパーティとかよくやっているんだけど彼女の友達に誘われるパーティすらあまり行く気が起きない自分にとってはまったく無縁のもの、だと思ってたんだけどこの度、彼女母の計らいで御宅で少人数ながらもささやかなお祝いをしていただいた。その優しさがよく骨身に染みることからも三十路が近いことがうかがえる。まぁそれでも自分からパーティを企画する、なんてことは一生ないと思う。Twitterで見かけるような、そういう方面でもヨーロッパに馴染んでいる人を見かけるとすごいなー、と常に思うのでした。てか陰キャには無理。

以上。終わり

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